ふと看護師をしていた時のことを思いだしたので書いてみる。
看護大学を卒業してすぐ、新卒の看護師として総合病院に就職。その時は希望の科は特になくて、まずは色々オールマイティに技術を身につけたいと思っていた。内科病棟に配属されて、人工呼吸器をつけている方や癌を患っている方の抗がん剤治療を受けている方の看護をさせてもらった。その中で感じたのは、どう足掻いても人はいつか死ぬということ。入退院を繰り返し、苦しみながら逝く人もいる、家族に看取られながらゆっくりと閉じていくような死もある、突然急変して逝く人もいる。20代駆け出しの私は、それまでの学生時代ただ単に階段を登るように、レールのひかれた道を行くように歩んでいた人生。仕事を始めて、その現実をみて、自分はどう生きたいかを漠然と考えるようになったのかもしれない。ほんとの自分は何がしたいのかと。
そんな時に、ある産後の患者さん(Kさん)に出逢った。産後2日目に脳出血し、ICUを経て私の勤務する科に転科してきた。お産して赤ちゃんを抱いて幸せに過ごすだろう時に、病気で意識をなくし呼吸器をつけて生きている状態。パパと赤ちゃんが面会に来て一緒に過ごしているのを見て、Kさんもきっと話して触れて抱っこしたいだろうとやるせない気持ちになる。なんでkさんはそうなったんだろう、何が原因なんだろう。母子手帳をみて、妊娠中から少し血圧が高いことに気づいた。無理してたのかな、パパに尋ねてみると、通勤距離が電車で1時間のところに毎日通っていたとのこと。電車も混んでて座れてなかったかもしれない。やっぱり妊娠中からきつかったのかなと想像した。Kさんのことをきっかけに、学生時代に助産師に少し興味がわいたことを思い出した。Kさんのように病気にならないようにするにはどうしたらいいのか考えていくうちに、健康に幸せに妊娠、出産するにはどうしたらいいのか考えるようになった。そんな時に出逢った本が大野明子先生著者『分娩台よ、さようなら』だった。これだ!って思った。この本に必要なことが全て書いてあった。妊娠中からきめ細やかにサポートされることの重要性、信頼関係をもった助産師がお産をサポートすることは医療介入を少なくでき得ること、本来のお産のスタイル、そして何より産婦さんにとって心地良いケアは満足なお産につながること。この本を読んで、猛烈に助産師になりたくなった。なんとなく歩んできた道ではなく、胸の奥から欲するような感覚。私は助産師になることを望んでいるんだということが身体から伝わる感じ。それを自覚して、すぐに助産学校を調べ、受験勉強に取りかかった。そこからは助産師人生まっしぐら。途中、海外に行ってみたくなってバックパッカー的なことをしたりもしたけど、助産師をやめたいとは一度も思ったことがない。生涯、助産師をしていこうと思っている。
看護師時代の思い出から、助産師になる原点を思いだした。初心に帰った気持ち。いつもここに戻って、安全かどうか、自分にも無理がないか、感覚を研ぎ澄ませながら、これからも助産師をしていきたいと思う。